走り始めて27年目。走る理由⑧

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京都でランニングトレーナー、ピラティストレーナーとして活動します、吉田里紗(さりぃ)です🏃‍♀️🏃‍♀️

 

走り始めて27年目。原点回帰🌐

止まらなくなる過食。

ノートに付けていた体重も45kgをオーバーする頃には付けなくなる。

 

MAXは本当に高校の最後の方で、、

それに行くまでに、、

もちろんまだ陸上部にはいるわけで。

 

が、大きな記憶はなく。。

 

速くなる為の練習から痩せる為の練習へ。

 

高2では駅伝でアンカーを務めるも、ラストスパートまでもつれ込み、抜かれたら近畿大会に行けないというギリギリのところ。

ゴール寸前で景色が真っ白になり、直後からの記憶がないのしか覚えてない。

 

 

そしてこの頃から、、当時高校で(一応)いちばん成績が良かった私は。

簿記の勉強を先生に勧められて居残りをしながらも必死に行なうように。

 

一橋大学を目指せー!

 

と言われ始めた勉強はその時は半分イヤイヤだったのがのちに大変役に立つとは。

 

3年になると、、陸上界で成績を残されていた速い先生が赴任。

今覚えば、、素晴らしい機会だったのに。。

全部棒にふる。

 

過食も気がつけば。。

昼休みに教室で食べるご飯はカロリーメイト。

これだけでいーねん!

と、言いながら

利用が少ない外のトイレの中で買ったパンを食べてしまう日々。

 

食べている所を見られるのが恥ずかしい。

先生に告げ口される。

結果、怒られる。

 

と、平日はこの繰り返し。

 

バイトをする時間はなかったのだが、

3年では成績優秀者に支給される奨学金を受け取っていたので、全てそのお金は過食代と下剤代に変わってしまう。

コーラックだけではなく、この時はセンナも流行って飲みまくったなー

 

という訳で、走ってる方の記憶がなく。

 

勉強していた簿記2級に合格💮

 

1級を目指そうとも思ったが、その時に指導してくれていた先生が好きではなかったのもあり、断念する。

1級を目指していたら、たぶん運動してないなー

 

 

やがて進路を選ぶ時期になって、、

指定校推薦で大学進学⭕️

 

いちばんに大学を選ぶことが出来た私は、、後の方に迷惑をかけるもゆっくりと考えさせてもらい、、

 

走れる身体ではないのに、

何も高校ではやり切れてない私は、大学からやり直すぞー!との気持ちが強くなり、

 

進路決定!!

 

簿記の資格が必要条件だったので、この時ばかりは先生に感謝した。

 

いろいろきつかったが、

走れても走れなくても3年のクラスメイト、担任の先生、陸上部の同期がいなければ3年の卒業まで過ごせてなかったなー、と感謝しています。

 

怒涛の大学生活スタート!

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